



台東区 2010年
その日は朝から急いでいました。当時毎年開催されていた活版印刷のお祭り、「活版凸凹フェスタ」の出展のための準備が結局朝までかかり、開場時間までになんとか形にしなければと、B全のカンバスケースと、リュックを携えて、鶯谷からへいこらと坂を登り、会場である日展会館へと向かっていたのです。
開場まであと一時間というタイミングで、ギリギリ会場へ滑り込もうとした時、「おせん」と出会いました。
なんとも艶のある名前、そして文字ではないですか。カンバスケースは下ろせないので、肘にかけ(重い)、もがきながらリュックからカメラを取り出しました。
杉板葺き、格子戸、トタンにペンキ塗りの看板に、赤提灯。カンペキ。
お客さん、未だ朝の9時ですよ。ちょっとひっかけるだけ。おでんに火も入っていませんよ。かまやしないよ朝っぱらから冷でキュっとやるのも乙なもんだ。仕方ありませんねぇ。じゃぁちょっとだけですよ……。
暖簾も出ていない店の前で、妄想虚しくシャッター音が響きます。
お店の脇に回ると「太神楽曲藝、十二代目家元鏡味小仙」とありました。江戸神楽の大看板、現在は一三代目が活躍中だそうですが、お店は二〇〇九年に閉店したとか。
既にやっていなかったのか!
○おせん