本所の真鍮箱文字

台東区 2009年

 蔵前駅から春日通りを東へ。初夏の蒸し暑い夕方、隅田川から潮の匂いが漂ってきます。厩橋から隅田川を見下ろすと、成瀬巳喜男監督の映画「流れる」の冒頭のシーンがオーバーラップしてきます。この頃隅田川は、「大川」と呼ばれ、特に両国から厩橋のあたりは、防潮のための杭がたくさん打たれていたことから「千本杭」とも呼ばれていたそうです。
 その日は仕事が早く終わり、せっかくだから、たまには歩いて帰ってみようと、まだ日の暮れないうちに当時住まいのあった江東区方面へと歩いていました。
 右に見えてきた大きな赤い提灯は、銘店「牧野」です。姉妹二人で切り盛りする、下町の繁盛店には、既に明かりが灯っていましたが、ききき、今日は寄るまいと、気持ちを振り払い、歩いてゆくと右に見事な文字群をあしらった建物が見えました。
 「伊東軽合金KK」さん。角二面に取扱品種を金属塗箱文字であしらう、白い躯体と漆黒の文字とのコントラストがなんともモダン。「アルミニューム」、「ヂュラルミン」、株式会社を表す「KK」には、愛らしさを感じます。あぁ、いいなぁ。
 いいもの見たわいと歩いていると、左に清潔な白いのれんの「わくい亭」。
 結局この日は歩く事を諦め、ここでビールとメンチカツ、そして日本酒をいただき、いい気分で帰りました。
 しばらく経って行ってみると、あの見事な文字をあしらった建物はなくなっていました。
 蒸し暑い日に「わくい亭」へ向かうたびに思い出す見事な文字たち。もう見られないのは残念です。
○伊東軽合金KK

※移転されたそうです

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